ヨーロッパと日本の私

ヨーロッパで体験した事、等々

文月の満月・ブックムーンと七夕祭り   

梅雨前線が九州に近づく、、豪雨にならないよう、、強く願った先週末でした。

日本3大河川、と呼ばれる琢磨川の数か所の氾濫を見て言葉を失っています。

現地の、又、今後に続く被害に直面する皆様に、心からお見舞いを申し上げます。

 

7月の満月は、多分ダメ?と思っていたのは正解でした。7月5日の13時44分が

満月で日本の上空は曇り、同時に九州の豪雨のニュースが始まったのです。

夜中、私はテラスから、大きな雲の向こうにいるお月様に話しかけました。どこかで

地球に向かって輝いている、、と。すると今朝は誠にうれしい写メールが千代子さん

から届きました。共通の満月フアンになった私達は、カナリー諸島と日本の距離を

知りながらも、うれしく毎月の満月に心よせるようになりました。

f:id:katsukomj:20200707165832j:plain
f:id:katsukomj:20200707165821j:plain

私達はありがたいことに今月も我が家から満月に挨拶、雲に隠れてはまた顔をだす、ハラハラしながらの出会いでした。心痛むニュースが多い昨今、心やすらぐ一夜となりました。

今回の豪雨の被害も想定外とか。。私達は常に想定外の出来事と隣り合わせの生活、、ではどうしたらよいのか? 一日一日を大切に生きたいと 痛感する昨今です。

 

 

ありがとう!! 千代子さん、その後の政雄さんはいかがですか。現在の状況は

九州だけでも、127万人の人に避難勧告が出ていて、今後は北上して本州一帯に

大雨が続きます。マスクを外して安倍首相が TV-live、命を守って、と呼びかけて

います。

 

一か月の時間の流れの早い事、来月はお盆ですね。コロナ感染が衰えないのを、

猛暑を、さらに熱中症も共々にしっかりと乗り切りましょう。

 

連日の数々の強烈なニュースは、私を打ちのめしていて、集中力が湧きません。

ですから、7月7日、節句七夕祭りを満月と重ねて祝いたいと思います。毎年のように

この頃の街は、地下鉄の一角に大きな竹と短冊が置かれていて、思いを託して一筆書き

ていねいにつるして、大海原に泳いでほしいと願いました。今年は<my pen>しか

使えない、、あるいは、このいいアイデアもなくなった? さまざまな事柄から

私達はすでに<新しい生活スタイル>に慣れているのか、慣れるのか。

f:id:katsukomj:20200707174507j:plain
f:id:katsukomj:20200707174458j:plain

 (美しい画像はお借りしました。5色の短冊、緑、紅、黄、白、黒 等と他色)

 

子供の頃、母から夢見心地で聞いた(牛朗織姫)の優しい物語を、神話を信じて、

夜空を見て、天の川やふたつの星を探した思い出を、高齢者になっても毎年の七夕祭りには懐かしみます。あの頃の空は澄んでいて、星も銀河も流れ星もよく見えたのを、同じ日本の空かと思う昨今ですが、きっと同じように思う方がおられるでしょう。

 「たなばたのとわたるふねの梶の葉にいくあきかき露のたまづき」俊成の歌。

 

         f:id:katsukomj:20200707174519j:plain

追伸:ちなみに、Buck Moon・ブックムーンは、オス鹿の角が生え変わる季節の

   頃の満月から由来しています。

 

曾孫の訪問

毎日、1人、1時間が許可されるようになった、ドイツの介護施設のママを

特別に承諾されて、曾孫の(Mariella)とPhilipe&Bergit夫妻が訪問しました。

今年の1月に産まれてから、多分2-3回しか会えてないし、抱っこもできない期間が

続いたのです。部屋の下まで来て窓越しに手を振った挨拶だけが可能でした。

f:id:katsukomj:20200704101418j:plain

パ-キンソン病が進行して、よく転ぶ、無気力になる連日のママの状態を家族は

コロナ感染で会えなくなるのを悔やみました。親友Gabi(ギャビー)はママ達の世代の

人は、猛烈に働いて生きたのだから、残された時間をユックリと孫、曾孫と楽しんで

ほしいのに、コロナに遭遇する等、ほんとうに悔しいと繰り返して言います。

曾孫を腕に抱え込むのも禁止、笑顔を見せてお互いの近さを知るだけなのです。

それでも、Gabiは事務所に掛け合って、防護衣類、手続きをして、ママに喜んでもらいました。

 

そのギャビーが40年以上住んだアパ―トを引っ越します。結婚、離婚、独居、息子を

世話するために来る両親、ママを自宅で看病した数年、、いろいろな時を過ぎて、

今後の独り住まいを用意したのです。偶然にも、ママのいる施設の裏側に新しい

アパートができたので、ここなら、気分にいい日のママに来てもらえると。

将来は自身もこの施設に入ると用意周到の解決を見つけました。

そして、使い切った家具を全部処理して、すべての家具を注文して、私にまず最初に

台所の写真を送ってくれました。 

f:id:katsukomj:20200704103702j:plain

又、私には、新しい大きなベッドに寝てほしい、自分はソファベッドに寝るからとの

メールです。以前の150qmから 56qmに移り住むのは、かなりの制限で最初は慣れない、しかし、なにが必要で、そうでないかは、年令と共に整理できるはずです。

 

生涯を働き続けた年月、この人は決して自己中心ではなかった、、この人の明るい

大きな寛容性をなんど感激した事でしょう。ですから、新居にユックリと慣れて、

大事なママ、息子夫妻と孫を慈しんでほしいと心より願っています。

                                                     f:id:katsukomj:20200707123433j:plain

 

アメリカ独立記念日

      7 月 4 日 はアメリカの独立記念日です。

アメリカ国民が最も大事な記念日としてお祝いをしますが、今年は有名な花火も

どこで打ち上げるか直前迄公表されないそうです。突然どこかで、花火が上がり、

目に留めた人達は驚いて、忘れがたい記念にするのでしょう。

         f:id:katsukomj:20200703170708j:plain

この世界一活気に満ちたメガ都市で記録される大勢の感染者は連日歯止めのかからない

まま報道されます。なんと形容すればいいでしょう !!

 

新しい国を求めて、ヨーローパから、南米から移住した多文化の民族が、作り上げた 

大国アメリカは200年と44年で、想像を超える歴史の積み重ねで成功しましたが

今回の新型コロナウィエルスに直面して、かってない、複雑な課題の解決策をみだせねばなりません。そして、11月には大統領選挙があります。

      

国連本部の存在でさえ、影を薄くしている現状を考えると、その名に恥じない正道を

切り開いてほしいと思うのは私だけでしょうか。

f:id:katsukomj:20200703172019j:plain
f:id:katsukomj:20200703172049j:plain

   (画像は借用しました。国連近くに寄付された平和を叫ぶ日本人の鐘)

 

1976年7月、200年の独立記念日に、私は初めてNew YorkにDuesseldorfから飛び

ました。大西洋を渡るだけの近さにヨーロッパから格段の親しみを持っていたのです。やっとドイツの仕事と生活に慣れ始めた頃の休暇でした。それ以前から敗戦国の日本で知り得る知識は、もちろんアメリカ文化で、若い私は多くの事に興味と関心を持っていました。ですから、New Yorkで少ない滞在時間を有効に使いたいと計画しました。 

f:id:katsukomj:20200703175013j:plain
f:id:katsukomj:20200703175022j:plain

          (画像はwikipediaから借用しました)

偶然にも、ハドソン川に200年祭を祝う帆船が世界中から集まり、セ―リングと

パㇾードがあるのを知り駆けつけました。あの大きな川を見た事もない立派な、古い

帆船が美しい姿で優雅に運行していて胸をつかれました。

こんな風景・行事があるのだろうか。雨に濡れて佇みながら、いかに、大きな国であり歴史を誇りにしているのだろうと、遥かな日本を思ったのを忘れません。

 

お祭り気分に浮かれるマンハッタンでは、私自身全くの外国人・黄色人種なのに、私に

道を聞く,質問する人が多くて驚きました。そして、Duesseldorf に帰って気がつき

ました。当時のドイツはドイツ人一色、外国人が殆どいなかったのです。肌と髪の

色の違いは、金髪や茶色であっても、ドイツ人同士の思想は似通っているのだと、日本人としての自分の存在をさらに知るようになりました。自身が外国人でありながらも、

どこかでホッとした<住めば都>を感じました。

 

New Yorkの空港に到着、難しい顔で荷物の検査を受けて、ゲ―トを出ようとした時の

係員は笑顔で<Wellcome to The United States of America>と叫ぶように挨拶したの

です。底抜けに明るい大国アメリカなのだと、、当時の感銘を記憶しています。

 

将来に向けて困難な時代こそ、大国の名に恥じない勇気に溢れた時代を祈っています。

 

           f:id:katsukomj:20200703213016j:plain



 

 

 

 

 

 

 

 

奈緒さん

去る、3月3日、お雛祭りの日に、奈緒さんにちなんでこのブログに公開

しましたので、記憶にある方がおられたら幸いです。

美しいエクボが印象的な、誰からも好かれる人です。その明るい声も、一度聞くと

忘れがたい、、余韻を残します。主人のVictorは日本に3年滞在して、大学で農業を

専門に勉強し、日本語も話します。3人の子供達は二人の大きな<宝物>です。  

http://canary-stay.blogspot.com/

上記のリンクをぜひご覧ください。ラパルマ島の大自然を見て頂けます。

 

自粛緩和がかなり緩んだスペインは、カナリー諸島間の移動を許可しました。

早速、奈緒さんは一家5人で、ラパルマ島に2泊3日の旅行を実行して、すばらしい

写メールと上記のリンクを送ってくれました。3か月振りに飛行機に乗ったそうで、

彼女の仕事からは想像もつかない長い期間です。マスクをして、機内の座席も自由に

選べないのを、嫌がった子供達だったとの事ですが、ラパルマ島はその一家を待って

いたような快晴で大喜びだったとの朗報です。私の住んでいた近くのアパ―トを

借りて天文台、海岸へ行き充実した楽しい時間だったと伝えいています。

奈緒さんとVictorは、時世に大変敏感で、すべて安全だと確認したうえでしか行動

しません。子供達が赤ちゃんの時から、実家の日本とMadridに行く時の話をいつも

立派だと思いつつ聞いて見てきたのです。 

f:id:katsukomj:20200701122437j:plain

学校に行けなくなった頃、パパ・ヴィクターは早速、部屋の一つを改造して遊具を

作りました。今は、学校に通学も一部、海に泳ぎに、可能で楽しい夏です。

 

観光業を専門に働いている奈緒さんは、コロナの問題発生で、多分向こう一年は

仕事がないだろうと予測しています。しかし、いかようにも、今までできなかった

事や新しく始めたい事も多くて、この期間を有効にしたいと大変に前向き、その明るい

性格が長丁場になるこの時期を乗り越える事が確信できるのです。夫妻は二人とも

仕事で忙しかったこれ迄を思えば、子供を囲んで、ユックリと話が、料理が、散歩が

できます。すべては、新鮮で生き返るような連日に違いないのです。どの環境にいても精一杯に成し遂げる考え方が習慣になっているからです。Victorは農業を勉強した人、必ず近くの畑に野菜や果物を植えて、早速自給自足の暮らしになり、家族、親戚、友人と、あげたり交換したり、さまざまな方法で生活できます。庭にある果物は食べきれずに地面に落ちるのを、私は驚いてみて、だから、ドイツ人のようにジャム、水煮、等にして保存する必要がないのだと知りました。

太平洋のハワイと呼ばれ、標高3,718mの富士山と似た姿が美しいテイデ山の水、太陽に恵まれた常夏のテネリファ島は人々に豊かな生活を提供して、その人々は心身共に

健康でいい絆を持って人生を送れます。 

                                                 f:id:katsukomj:20200628210550j:plain

   大変珍しい植物、タヒナステ ロホ(Tajinaste Rojo) 群生します。

 

奈緒さんの3人の子供は、まさに、多文化とその各々の言語の中で、ノビノビと成長

するのです。一人は語学が得意、又、音楽が、スポーツ゚と、選択肢もそれを実現する

実行力も自然に蓄えているのです。人も世界も変わる、、と私はなんども考えます。

ですから、現在のさまざまな制限は、ポストコロナの新たな社会を自然体で受け入れる

能力を備蓄中なのだとも。次世代の人達が、共有する世界観と価値観を作り始めて

いるのでしょう。どの時代にも、人間は前向きに生きる勇気と力を持ってきましたが、

コロナの脅威はさらに人類共同体を確かな目標にしなければなりません。 

 

f:id:katsukomj:20200628210640j:plain
f:id:katsukomj:20200628210629j:plain

   奈緒さん宅は現在プールを作っていて、テラスから夕陽の景色を眺めます。

 

テネリフェ島はヨーロッパで一番早くイギリス人が訪れ、別荘を買い住み始めました。温暖な気候は緑の深い北部と美しい海岸の南部等、変化も多い島です。

パルマ島はこのテネリフェ島の管轄に属していて、親元のような関係を持って

います。島の行き来も、飛行機、フェリーがあり、飛行機に乗るのもバスの感覚で、

多くの人がテネリフェに住まいを持っています。ですから、天気のいい日は、

パルマ島もよく見えて写真を送ってもらいました。それでも、緑の植物の深いのは

パルマでしょうか。奈緒さん一家が、私の分も美しい景色と澄んだ空気を、喜んで

過ごした時間に拍手を送っています。

いつの日か揃って一緒に海辺のレストランで魚料理を食べれるかも、、ねぇ!!! 

 

f:id:katsukomj:20200421110115j:plain

 

 

 

 

 

ジャカランダ・大阪

 梅雨の晴れ間は、青空が広がり、湿度も低く、気温28度が快適な一日でした。

ここは、大阪市天王寺にある一心寺です。境内にある立派なジャカランダを見て

きました。

f:id:katsukomj:20200618164559j:plain
f:id:katsukomj:20200618164542j:plain

コロナ自粛で去る6月1日から、一般公開された一心寺の境内はお参りの人で賑わい、
ロウソクと線香の香りが漂い、亡き人々を供養していました。大きな桜の木の下で

休憩していると、どこからか微風がふき寄って、心地よい、懐かしい初夏の時間となりました。

ジャカランダを見に来る人が多くて、写真撮影を、又、散った花びらを眺めて、この

美しい色の花と緑の葉は、このお寺の雰囲気によく似あう気品を感じます。手入れも

よく行き届き、名物の樹木になっているのです。

パルマ島の家にあった大木の花びらより、いささか小さいのは、木が若いからだと、散った花びらを手にして眺めました。

f:id:katsukomj:20200618164527j:plain
f:id:katsukomj:20200618164550j:plain

 

前回も書きましたが、私達夫妻がこよなく慈しんだジャカランダは、日本で住む

ようになっても、私の脳裏から離れず、よく噂するのを覚えていた、友人は休暇で帰国する時に<実と種>を少しだけと、お土産に持ち帰ってくれた事があります。

f:id:katsukomj:20200618203131j:plain
f:id:katsukomj:20200619182157j:plain
f:id:katsukomj:20200619182217j:plain
f:id:katsukomj:20200619182257j:plain

 花も葉も落ちた頃、ジャカランダの枝の合間に、まるで、貝殻を合わせたような実が

つきます。最初の緑色は段々茶色になり、重くなると枝から離れて、コトンと落ち

ます。その実は固くて,よほど枯れていないと落ちても割れないのです。手で割って

みようと試してもできません。友人はご主人に頼んで開けてもらい、中身だけを

取り出して、紙に包んで持ってきてくれたのですが、その紙を開いた途端、絶句しま

した。薄い、薄い、白い皮に包まれた小さな黒い種が10個位入っています。その種が

土の中で、新しい命を始める確実性を一粒の種から、十分知ることができたのです。

 

嵯峨御流のいけばな、田中美智保先生のお稽古日に来られた、同期の松井先生が、

ご自分のアトリエの窓際には太陽が入り暖かいから、試しに種を撒いてみましょうと、、とのご好意でした。又、又、驚きましたのは、なんと、5日後には発芽した

そうです。まさに、ラパルマと大阪の気候の差もいとわずに命を示す、、その生命力に

ほんとうに驚きました。植物はいい環境と理解者を知れば、必ず反応するのでしょう。

もちろん、松井先生は大切に水を撒いて下さり、いかほどかの配慮を毎日され、植木鉢も大きいのに変えて見守って下さいました。成長に合わせて、数か月後からは

<お嫁入先>を検討し始めたり、植木鉢でも次第に大きな葉をつけて、ジャカランダは、豊橋市豊中市へと嫁ぎ、そこでも元気に育ち始めたのです。

 

私は、一本は手元で育てたいと思いました。それも、多分、長くて2-3年、その後は他の場所に移植と考えて引き取りました。しかし、太陽が終日充分に届かない、この

小さなテラスでも育ちました。朝夕は話しかけて無事な成長を願いました。

f:id:katsukomj:20200620203833j:plain
f:id:katsukomj:20200620203816j:plain
f:id:katsukomj:20200620203929j:plain
f:id:katsukomj:20200620203946j:plain

そして、驚くべき速さで、天井近くまで伸びてきて冬を迎えました。葉っぱは全部

枯れて落ち、枝だけと茎だけになり、私は冷えないよう、風で痛まないよう包帯をして夜は布で覆いました。この木は気温が高いほどに元気に育つのです。

平行して、土の中で成長してほしい考えは原点に戻り、たくさんの人に電話で問い合わせをした所、偶然にも、幸いにも<公園課>が引き取って下さったのです。

 

またしても、私は<種から天井まで育った>植物の生命力を経験しました。この日々も

優しく強く生きようとするジャカランダに多くの歓びと力を素直な思いで貰いました。

 

4-5年もしたら、大阪のどこかで、たくさんの人々に美しい花を見せてくれるよう、、

又、ふさふさと柔らかい葉の木陰を人々に届けてほしいと、ひたすらに祈っています。

 

 

 

 

 

 

水無月の満月・後記のさらに後記

     f:id:katsukomj:20200617181806j:plain

自粛緩和、レベル2になったスぺインの海岸で、元気になった政雄さんが

久しぶりに潜りを楽しみました、、とのうれしい写メールが届きました。

やっと泳げるようになりました。足ヒレを着けている時間の方が長い

です。お魚さん,タコさんと遊びます。

    おめでとう!!!その調子、その調子、、健康に乾杯 !!

 

又、千代子さんは、花の好きな人です。

水無月と言えば紫陽花、昨日のブログの写真見て「なんとイイタイミング」私達もお気に入りの ”紫陽花通” で記念撮影、今年も会いに来ましたとあいさつしたところです。

f:id:katsukomj:20200617181843j:plain

雨量が少ないカナリー諸島でも、見事なアジサイの花をみます。手入れをよくして

見ごろを迎えると、千代子さんのように、毎年のこの時期を楽しみにしている人々で

賑わいます。色の変化が見飽きないのもあり、この季節の最高の花でしょう。

 

新型コロナウィールスの第一波を過ぎて、長丁場になる予測も私達の生活に取り入れ

ました。夏を前にマスク着用は悲鳴をあげたくなるような現実です。

しかし、強い気持ちを蓄えましょう。そのためにも美しい花、緑、自然に目を向けて

英気を養いましょう、、、きっと、皆さんも強く願う昨今に違いありません。

 

ジャカランダ・La Palma島

〈 Isla verde/bonita=緑の・きれいな島>と別名を持つ、小さな島のこの季節には、

特に感激を増す花が咲きます。Yacaranda=ヤカランダ とも呼ばれる、海辺の気候と

風土でよく育つ木で、世界3大花木の一つです。

その色はなにいろと形容すればいいのでしょうか。一日の中で朝、午後、夕方と

なんども太陽の光と共に変化するのです。その魅力的な花について母と話す度に、

私達は<天国の色かもねぇ>と想像しました。

ご存じの方が増えた日本でも、かなりのフアンがおられるとも聞きましたので、ここに加えてご紹介いたします。

f:id:katsukomj:20200614173340j:plain
f:id:katsukomj:20200614173413j:plain
f:id:katsukomj:20200614173318j:plain
f:id:katsukomj:20200614173352j:plain

 古民家を見つけて一目惚れした主人は、すでに15年間売りに出ていて、誰も住んで

いない家を懸念する事もなく1979年の冬に買ったのだと言いました。偶然にもこの家が

建ってちょうど100年目で<ご縁>が天から降ってきたような思いだったと話して

いました。

私はドイツで仕事中、その翌年に知り合いました。そして1982年の冬、初めてこの島を

訪れました。出発の前、主人はさまざまな知識をくれましたが、到着したそこは世界の果て、ドイツの都市、日本の都会とあまりにもかけ離れた風土でした。常夏で気候温暖との説明で、行ってみたい思いになったのは寒いドイツで震えながら、太陽と海辺を

求めていたからでしょう。冬は島中にアーモンドの花が咲き、風にのって至る所でいい香りが、又、真っ青な空と、黄色に色づいたオレンジの実のコントラストが感動的

でした。

短い休暇は海で泳ぎ、山歩きをして、新鮮な魚料理と地元産のワインで、よく寝て休む

ドイツ式の休暇がどれほど大きな意義があるのか、主人の言葉がわかるようにも

なりました。

f:id:katsukomj:20200616093633j:plain
f:id:katsukomj:20200614173427j:plain

次の休暇で来た時、玄関近くの大木を見て、言葉を失いました。それが<ジャカランダ>でした。私は即座に虜になり、この家との<ご縁>を素直に受け止めたいと幸せ

でした。15年の長い間、一年間に降る雨の量だけで、育ちを止めたように息をひそめて私達を待っていたのでしょうか。

当時は仮住まいの家に、水道も電気もなくて水は100m位、坂を上ると、村の人、牛が飲むように作られた水場にバケツを持って汲みに行きました。二人で4個のバケツの水で、食事は外食もあり、余った水はバケツにためて大木にあげました。私が両腕を広げても抱えきれない大きな木の皮は剥げていたのに、それでも春になると高い場所に蕾をつけていて歓声をあげた私達でした。

定住する時は、電気、水道、プロパンガスの配達があり、冷蔵庫も買って正常の

暮らしになり、主人は長いホースで、大木の根元に注水するのが楽しみになりました。

 

ほゞ毎年、5月末、6月いっぱいは満開で、散り始める頃はテラスは紫色の絨毯をひいた

よう、人の通る場所だけ道を作る、珍しい連日と感動です。花が散ると、もう若い緑の

葉が一杯でて、真夏は太陽が入れない程の日影を作りヒヤリとした空気を感じました。

成長が早いから、時々は枝の切込みが必要と友人達は進めるのですが、主人は断り、

家に入る人は木の下を頭を低くしていたのです。私達の愛犬と同様に深い愛情を育んだジャカランダにも限りなく多くの歓びを貰いました。

 

海辺の空気が好きなこの木が、海岸近くで最初に咲き、徐々に上も咲き始め、最後には

数週間後に海抜650mの私達の家で満開を迎えます。私はどこから帰宅する時も、花の

咲き具合に併せてうれしく、帰宅するとほんとうに堪能して眺めたのです。

村の人達も珍しいこのジャカランダを褒めてくれるようになりました。あの時点で

樹齢は何年だったのか、これから、まだどれぐらい大丈夫なのか、大きな家の一角に

静かに、誇らしげに根をはって、無数の花びらをつけ、いい香りを届けてくれる

大自然の摂理を、なんと表現すればいいのでしょう。

当初、なにもない世の果とみた自然には、誠に大きな宝庫が潜んでいたのを、年月を

重ねて限りなく発見して感動する生活感でした。そして、これこそが<豊な意味>だと

心身共に知るようになり、この生き方を探していた主人を改めて理解して尊敬しま

した。 

f:id:katsukomj:20200615131955j:plain
f:id:katsukomj:20200615131935j:plain

     海岸の近くに住む友人から、届いた写真は蕾がつき始めた頃の大木と若い木、

          有名な海辺にある教会の片隅です。

 

  目を閉じて、紫とも青とも表現しかねる美しいヤカランダの大きな樹と満開の

 花を追い求める昨今です。来年のこの時期には、近くで見たいなぁ、、。