お墓参り
日本の伝統が希薄になると危惧される昨今にも、お正月とお盆を迎える感覚は
なくなりません。それは、季節が知らせてくれる、お正月の寒さ、お盆の猛暑、
自然の影響が大きいからでしょう。
連日の猛暑では心身共にくたびれますが、でも、私はその間にも、昔の記憶が
静かに蘇る時間を大事にします。お盆の前には家中を大掃除して、ご仏壇に花、
果物、お菓子を所狭しとお備えして、提灯を用意して13日の<魂の帰宅>を
待ちました。ほんとうに帰ってくる、、その感覚に触れる事がうれしかった、
そして、16日迄、<ここに私達と一緒に居る>、、と感じ、信じたのです。
お坊さんのお参りとお話も頂き、その後家族は揃って食事を楽しみました。
画像はGoogleから借用です。
現実に、いまでもこのようにお盆を過ごす家庭が多いと思いますが、私は高齢になり、
独居生活になり、多くの思い出を共に亡き人々を懐かしむお盆となりました。
そのお盆の前、是非もなく両親のお墓まりをしました。
猛暑で墓石はカラカラに乾燥していて、清水を頭からなんどもかけて冷やして、布で
拭くと直ぐに乾きました。<喉が渇くでしょう>と、声をかけたりして。
赤いホーズキ、リンドウを飾り、線香を焚いて般若心経を読み供養しました。
近くのお墓に来られた家族が、掃除をしながら、お孫さんに先祖代々の話を
されるのを聞きながら、こうした会話が次世代に引き継がれる教育のだと思いました。
最近は<代行供養>を依頼する人が増えているそうです。さまざまな事情でしょう。
お坊さんは、代行するこの地・場所に心を寄せて、いま,おられる所から合掌して
下さい、と依頼者に願うのだそうです。祈りを届ける方法は無限にあります。
<我々は此岸、仏様の世界は彼岸>心を打たれる言葉です。人の迷い、苦しみの原因となる煩悩が消え、悟りの境地に達した世界、そこが<極楽浄土>と言われます。
両親の近くにいる充実感と懐かしさ、又、感謝の絶えない深い思いに浸る時間でした。
今年も両親に多くの事を話しました。ほんとうにありがたい、、家族は全員元気で、
この新型コロナウィールスで影響を受けた者はいませんでしたと。誰もが収束を
願っているのよ、、と話しましたが、声が聞きたかった、想定外の不安定な
時代に成っているのを両親はどう受け止めるでしょう。話がしたかった、、。
<朝顔につるべ取られてもらい水 かがの千代>主人が好きな一句でした。
ドイツ、Emden市の主人のお墓参りは当分不可能です。自宅で遺影に好物の飲み物、
果物を飾って<般若心経>を届けました。待っていてねぇ、、必ず行きます。
秋のお彼岸にも、お参りしたなぁ、、少しは過ごしやすい気温でしょうか。