カナリア諸島の食事
一気に朝夕が涼しくなり心身共にホッとしています。食欲も少しづつ戻って
きましたね。
<stay home>の追記に書きたい事はたくさんですが、ラパルマ島以外の
島の食事も含めてご案内したいと思います。7つの島にはその風土と環境で育つ
食材にも違いがあり、もちろん味覚も異なります。
特にその中でも地元の人々が大事にする食事や味覚をお伝えしましょう。
カラリア諸島はスペイン本土より、アフリカ大陸に近い距離から、食事の経路も
独特でアフリカ食文化の影響も多く受けています。7島は大西洋の気候と雨の
少ない条件から、農業は狭い土地で繁栄できず荒れた土地を開拓して発展した
バナナ産業で現代はヨーロッパに向けての輸出が最も大きな収入源です。
本来は漁業が盛んでしたが、第二次世界大戦後、日本、韓国などの漁場に
なりました。特に日本は戦後すぐにGran Canariaに日本の商社や企業を基盤として
栄え、学校もでき、日本レベルの生活が可能な場所になりました。しかし、海流の
変化や稚魚を取りすぎて漁場として適せなくなります。最近は<蛸>の収穫が
主で、私達が日本のス―パーで買う蛸は殆どカナリア島の沖で取れるものでしょう。
20-30年前は<カジキマグロ>の漁場として、日本船が港一杯に停泊していました。
当時、新しく漁獲したマグロが港に入ると、200-300kgの大きなマグロを水槽に
いれて、日本行きの飛行機が出発する日に、低温真空パックにして東京の
築地市場に運ぶのだと聞いて本当にびっくりしました。空路何時間かかるか、
当時は直行便もなくて、ヨーロッパのどこかで乗り換える必要があったでしょう。
冷凍しないで鮮魚として日本に着く、それだけ、日本は鮮魚に対する大きな
需要を持っていたのです。
度々の訪問の行先は、Grand Canaria島とTeneriffe島、休暇で訪ねた他の島々は
いづれも印象深い食文化を持っていました。
現地のグルメファンか住んでいる日本人のアドバイスは、いつの時も大変うれしい
情報源でした。Grand Canaria島の首都、Las Palmasでは、ラパルマ島で不足している
日本食を<レストラン Fuji>で、又、スペイン食も古い有名なレストランで。
<Fuji>は50年前に開店したスペインで初めての日本食のレストランです。
いつも満席で予約なしでは入れないでしょう。現在も顧客の相手をていねいに
される経営者で東北出身の佐藤氏は穏やかなお人柄です。
現在の料理長はスペイン人、多くの弟子の中から選んだチェフを家族のように
大事にされています。Las Palmas市は3年前、佐藤氏に功労賞を授与しました。
10粒も食べればいいでしょう。
スペイン食で前菜の<Pimiento de padron>は若い細いシシトウガラシを素揚げして、
荒塩をかけて食べます。オリ―ブ油の香ばしさのある素朴な味と赤ワインかビール、
一切れのパンがよく合いました。
別の日は、Sopa de Garbanzos con Pollo(ひよこ豆と鶏肉のス―プ)これも冬期には
温まります。又、ベジタリアン食でもあり、これだけでも栄養価充分ですから、
私はいつも半分注文しました。
魚をあげる時は必ず切り身を入れます。注文する前に新鮮かどうかよく見て自分で
選びました。
殆どの場合、メインは魚、それも中位の大きさの鯛をニンニクの入った油で
素揚げして緑のモホスとレモンをかけ、お米かジャガイモを添えていました。
醤油があればさらにおいしいでしょう。しかし、現地の乾燥した気温・気候は
どうやら隠された長年のいい習慣が食材を引き立ているようすでした。
時には、ウサギの野菜煮込みと茹でたジャガイモ、まだ湯気に立つ大皿が食欲を
そそいました。
デザートが大好きなスペイン人、その日の特別デザートが全体の食事をまとめます。
イチゴ(mora)は季節感あふれる人気デザ―ト、しかし、夏はアイスも好評です。
食後のカフェソロの引き締めた味覚、私はこの組み合わせを、この島々からうまれた
食文化だといつも感激しました。至福の時間を楽しむ人達です。
特に海辺のレストランで食事するように時間を予定するので、Gran Canaria島も
Teneriffe島も食事には大差がなく、むしろ、雰囲気を一緒にするように思いました。
buen provecho == どうぞ よろしく召し上がれ ~~ !!